2014年03月

2014年03月18日


昨夜は、ポルトガル語の授業がありました。

毎回、ブラジル在住ブラジル人先生が作成してくれる

会話形式のテキストに沿って

講師の先生方が、ユーモアたっぷり楽しく丁寧に教えてくれるのです。

昨日のテキスト、タイトルは「O grande terremoto(大地震)」でした。

おなじみのブラジル人二人の会話は、

3年前2011年3月11日の震災を思い出すことから始まりました。

最も悲しかったのが、津波の被害、失われた命、

そして原発の大事故、3年経っても戻れない現実と。

海の向こうで思ってくれてることが

テキストから伝わってきて

会話を追いながら、じわっとしてしまいました。

MUITO OBRIGADA RYOSHO e PEDRINHO.


同時に、

放射性物質を「今も」大気中に出し、

汚染水を「今も」海に流しながら

安全を確認するだの、ベースロード電源とするだの、

再稼働だの、原発を輸出するだの、

キチ◯イ沙汰を断じて許すものかと

心に誓った夜でした。

 


(02:14)

2014年03月11日




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2011年3月11日、14時46分まで

プリントしたり、パソコンの前で作業していたと思う。

3年後の今日この時間も、気がつけば相変わらずである。

なぜかというと、3年前と同じ自分の家で暮らせているから。 


3年前までの我が家、我が土地、人生、生活を

変えなければならなかった、

変えたくても、3年を経て変えられないということ。


相変わらずでいられなかったことが

過去でなく、3年経った現在も進行中なのは何故か。


相変わらずでいられる自分は、

忘れないというのも思い出すというのも

済んでも終わってもない、

事によっては、始まりさえ疑問で

もちろん私の考えなど微々たるものだが

今日だけじゃなく、

なんだか違う気がしてる。

この先へ、自分はどうする。

日本をどうする。

もうすぐ14:46。

 

(14:41)